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2015-10-01

激しく気分が落ち込んだときの最終手段

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人間生きていれば、気分が落ち込んで、どうしようもなくなるときがあるだろう。

もちろん僕も例外ではなく、そういうときが結構ある。むしろ一般的な平均よりずっと多いかもしれない。

 

その落ち込んだ原因が、何か嫌なことがあったというならば忘れればいいし、対処できる問題ならば必死に対処するのが良いのだろう。

問題はその気分の落ち込みが特別な理由が何も思い当たるものがなく突然、振ってくるときだった。

私生活で自分の食事や運動、生活リズムなどいくら考えても原因が思い当たらない、こういう場合は悲惨で、文字通り手の施しようがない。

 

だがそんな状態を一瞬というのは言い過ぎでも、数十分で晴れ晴れとした気持ちに変換できる方法を私は身に着けている。

昨日など一日徹夜したあとに、それをやったら、興奮しすぎて2徹になってしまったくらいだ。

紹介する前に言っておきたいのだが、この方法は僕にしか効果がないものかもしれない、だがあなたが落ち込んだとき、その気分に対処できなかったとき参考にしていただければ幸いだ。

人生で自分が最も楽しかった時期を思い出す

たったそれだけなのだが中々奥が深く、難しいことである。

僕が今現在人生で一番楽しかった思える時期は二つあって、一つ目はWonderland ONLINEというゲームをしていたときだ。

そのゲームは放置していると、キャラが勝ってに動いて経験値などを稼いでくれるゲームで、そのためキャラを設置さえすればあとの時間は暇なのである。

 

当時はRiznialというギルドに所属していたのだが、その時の仲間とは今でも深い繋がりがある。

そのゲームをどれくらい盛り上がりながらやっていたかというエピソードを一つ紹介したいのでさせてもらおう。

ゲーム内に経験値カプセルというアイテムがあった、僕はそれを見て思いついた。「複数アカウント使って、このアイテムを手に入れたあとペットを交換する。この手順を繰り返せばLv199いくのではないか?」ってね。

それをするには200アカウントくらい必要で、ペットをトレードできるくらいのレベルまで上げるとか考えると、作業時間はかなり急いでも200時間はかかったのではないかな。

この苦痛でしかない作業をなぜか僕以外のギルメン全員がやった。(僕は途中で挫折してしまったのだ・・・)

 

MMORPGでのこういうエピソードは、僕がインターネットをやるようになってから長いが、今まで一度も聞いたことがない。

リアルで収入がそこそこ高いおっさんプレイヤー達は、やっぱ意志力も作業力も違うんだなって感心したものだ。

 

二つ目は東方非想天則という対戦アクションゲームである。

うらひそというギルティギアのうらいたみたいなしたらば掲示板だったのだが、なぜかこの掲示板でのユーザー同士のコミュニティというのが異常に濃く、今でもそのプレイヤー同士ツイッターでいつも一緒に遊んでいるというのが日常だ。

ゲーム全盛期の規模は中々でかく、余裕で1000人以上いた気がする。

 

 

僕は当時上位プレイヤーで、うらひそに自分のスレがあったくらいなのだが、いつも他所の対戦掲示板で初心者狩りをしていた。

普通に考えると、そういう行為はあまり歓迎されるものではないはずなのだが、何故かみんなその行為を容認どころか、むやみやたらに歓迎していたのである。

最近当時のプレイヤーとその不思議な現象について話したあった結果、そういう人が1人いることによって、あまり強くない人でもコミュニティに参加しやすかったらしいのだ。

延々初心者狩りをし続けている有名プレイヤーに、そこそこ強い程度ではまるで歯が立たないのであれば、初心者も上級者も一緒という考え方らしい。

 

非想天則のコミュニティにおいて、確かに上手下手っていうのは、みんな全く気にしない傾向がある。

ゲームに限らず他のコミュニティでも上手下手というのは、重要なことな気がするのだが、いまだにそんなことが一切ないのだ。

 

当時の記憶を振り返りやすくする

方法のひとつに、過去ログを見るというのがある。

したらば掲示板や2ちゃんねるにはそれができるので、当時のログを見れば思い出すのがグッと容易になるのだ。

僕は想像力に優れているわけではないし、むしろ普段の生活において反すうをしないので、頭で過去を思い出しただけでは感情が動くということがこういったものに頼るわけだ。

人は頭の中の妄想と現実の違いをあまり認識できないらしく、この方法は本当に効果バツグンである、是非試してみてほしい。

 

二つ目は当時の動画を見るということ。

僕は非想天則は、初心者狩りをしているか、じゃなければ人にゲームを教えていたかのどっちかだったので大会にはほとんど出なかった。

なのであんまり当時の動画は残っていない。ただIRCごとの交流戦での動画が残っており、気分が落ち込んだときはよくその動画を見ている。

 

その動画を見ると、華麗なプレイで何人も抜いていき、一勝するたびにIRCで大勢の人たちキャーキャー言われていたこと、そのときの僕の緊張感など、全て簡単に思い出すことができる。

実況付きなのも非常にありがたかった。

 

リアルでそこまで楽しい時期はなかったのではっきりとは言えないが、写真とかビデオが残っている人はそういうのを見るといいはずだ。

思い出という単語は非常にインチキ臭い気がして、僕は全然使わないし嫌いなのだが、やはり人間には必要であったらしい。

なぜ楽しい思い出がゲームの出来事以外になかったのか

僕はそこまで現実世界で辛い日々を過ごしていたわけじゃないし、恋人だっていたんだけど、はっきりいってたいして楽しくもなかった。

当時はいつも笑いながら過ごしていた記憶があるんだけど、本当に思い出しても悲しくなるくらい楽しくないのだ。

学校生活だって楽しかったが、同じようなものだ。

 

思うにそれは、僕の価値がそこまでなかったからだろう。自分自身すら変えるのが難しいのに、リアルの人付き合いで良い影響を及ぼすというのは尋常じゃないくらい力がいることだ。

どうしても周りの人間に貢献をするというのが難しいのである。

大人でもそんなことするのは本当に一部の力のある人しかできないのに、学生時代っていうのは子供なのだ。

最後に

その時は毛ほども意識していなかったはずなのだが、人生で本当に楽しかった時期を振り返ると、大勢のために価値のあることをしていたという結果になった。

自分では特別なことをしているつもりはないのに、周りの人が喜ぶことを才能と言うらしい。昔どこかで見た記憶がある。

 

それでは、また。

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