記憶は嘘をつく。ネガティブな過去を思い出すのは妄想に過ぎない。

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なんの前触れもなく、突然むかしのことを思い出してイライラする。しかもその怒りが尋常ではない。

この厄介な癖は、誰にでもある。

しかし、記憶というのは頻繁に書き換えられる、という事実をご存知だろうか?

そのエピソードが事実だったかどうか確認するのは、実際とても難しいのだ。

あなたが過去の出来事を思い出して腹を立てた場合、実際には自分が作った偽りの記憶に腹を立てている可能性が極めて高い。

ネガティブな思い出を何度も思い出す癖を「反すう思考」と呼ぶが、思い出という種類の記憶は事実ではなく妄想であり、思い込みに過ぎない。

漫画に出てくる病的なキャラと同じ、妄想して怒ったり悲しんだりしている。

人生において、これほど時間とエネルギーを無駄にする行為は他にないだろう。

過去に悩まされない方法
  • 人間は記憶の書き換えに気づけない
  • トラウマを否定する考え方
  • 自分の過去を思い出しても良いことはない
  • 自分の過去は自分が一番良く知っていると思っている

妄想を持った本人には、その考えが妄想であるとは認識しない場合が多い。

Wikipedia 妄想より引用

人間は記憶の書き換えに気づくことが出来ない

人間の記憶というのは、ゲームやPCのデータ、ノートやメモとは全然違う。

思い出すという行為は、単語や物や人などを1つ1つを組み合わせて、そのたびに情報を出力している。

  • 頻繁に思い出す事や毎日やることは、出力が簡単
  • たまに思い出す事や数ヶ月に一度しかしないことは、出力が難しい

特別に記憶力が高い人でなければ、特定の思い出を初めて出力した時、かなりいい加減に出力される。

我々が思い出と呼ぶものは、断片的に歪んで精製された情報に過ぎないという話だ。

でも本人にとって、その思い出は正しいと認識してしまう。

確かに何かを思い出してイライラした時、「あれ?でもこの思い出、内容は正しいのかな……」と疑ったことは、僕の人生では一度もない。

思い出が正しいと思ってしまう
  • 過去を思い出して感じる怒りや悲しみは本物
  • 自分が怒りや悲しみを感じたのは何故?
  • 過去を思い出したからだ
  • だからその時の記憶は本物である
  • という思考プロセスが余りにも無意識かつ一瞬で終わる
  • なので記憶が偽物であると気づけない

コミュニケーション能力に優れた人間、もしくは女性にとって、わかりやすい例を紹介してみよう。

会話の最中に怒る人の仕組み
  • 相手の言動に怒りや悲しみを感じた
  • 自分か怒りや悲しみを感じたのは何故か?
  • 相手にそのような意図があるからだ
  • この思考プロセスは無意識かつ一瞬で終わる
  • なので自分が相手の意図を邪推した事に気づけない

参考図書>>>話す技術・聞く技術―交渉で最高の成果を引き出す「3つの会話」

後知恵バイアス

後知恵バイアスとは、認知バイアスの1つ。

認知バイアスとは人間の不思議な仕様のことで、認知バイアスが全くわからないという人はWikipediaを軽く見てきて欲しい。

「鬼滅の刃は流行ると思っていた」

このセリフ、SNSをやっていれば何度も聞いたことがあるだろう。

何かの作品がアニメ化するたびに、「あの作品はアニメ化すると思っていた」という人が大量に沸く。

鬼滅の場合は、週刊少年ジャンプで連載が続いている時点で流行っていると言える。

何故、こんなツッコミどころしかない発言をするのだろう?

後知恵バイアス
  • 何か出来事が起きる(事象が起きる)
  • 「それ前から予想してた」と記憶を書き換える
  • 無意識の内に書き換わるので全く自覚できない
  • 事象が起こったあとの予言は全て後知恵バイアス

人狼ゲームと後知恵バイアス

この後知恵バイアスというもの、人狼ゲームをしたことがある人ならば、誰もが体験したことがあるだろう。

人狼ゲームを知らない人のために簡単に説明すると、会話から狼か村人か当てるゲーム。

「やっぱり狼だと思ってた」

人狼ゲーム経験者にとって、このセリフ、耳にタコ。

あまりに頻繁に見かけるセリフである。

この発言の100回中99回は、後知恵バイアスである事に疑いはないだろう。

そのプレイヤーは本気でそう思っているのだが、彼の発言をさかのぼっても、そう思った気配は見当たらない。

つまり、結果がわかった瞬間、彼の記憶が書き換えられたのだ。

あるいは、結果がわかった瞬間、自分は狼を知っていたという記憶を初めて生成したとも言える。

周りから見ると気味が悪いのだが、同じことは誰でもするし、もちろん自分にも当てはまる。

それに、ポジティブな記憶の書き換えなので、面と向かって否定するようなことでもない。

トラウマを否定するアドラー心理学

トラウマというのは、心の傷跡とか心的外傷とも言われる。

病名でいうと、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)という。

非常にわかりやすいので、トラウマは一般的に広く知られている言葉だ。むしろ知らない人のほうがずっと少ない。

トラウマは理解しやすい
  • 心に傷を追っている(トラウマ)
  • その心の傷が現在の不幸を引き起こしている
  • 人生を「物語」としてとらえた場合、因果関係がわかりやすい
  • トラウマはドラマチックである

ようは、トラウマは覚えやすく親しみやすい考え方なのだ。

アドラー心理学のトラウマへの立場は、「感情にも過去にも支配されるな。」というものである。

「自分の過去が自分の現在を決定している、という考え方は、ニヒリズムがすぎるのではないか?」と(ニヒリズム=虚無主義 人生に意味がないと考える生き方のこと)。

当時は乱暴な考えだと思ったが、自分の過去の記憶が、デタラメで歪んでいると考えれば同意せざる得ない。

  1. 過去は歪んだ情報
  2. 感情は歪んだ情報を事実だと思うことにより生じている

妄想により何年も傷付いたままというのは、シンプルに滑稽だし悲しい。

ネガティブなノイズは消去したほうが良い

ポジティブな現実を歪め、知能を活かしてゴールに向かうことを邪魔するものは全てノイズである。

ショーン・エイカー著 選択の法則 204Pから引用

次のリストは、情報が有益なシグナルなのか、それとも有害なノイズなのか、見極める方法である。

ノイズの4つ条件
  • 自分の行動が変化しない情報
  • 必要な頃には古くなっているかもしれない情報
  • 憶測によるもの誰かがそう推測しているという情報
  • ゴールを目指すのに妨げとなる気を散らせる情報

上記の4つどれか1つでも当てはまるのであれば、それはノイズ。

過去の嫌な記憶は、ネガティブな妄想と同じ。

ネガティブな妄想は、ノイズの条件4つ全て満たしている。

終わりに

我々は過去を振り返ること、懐かしむことを、美徳だと思っている節がある。

ノスタルジア、郷愁(きょうしゅう)追憶(ついおく)といった言葉に感じるのは、人間らしさだ。

「繊細な人間は、SNSで形而上学的(非科学的という意味)なことをドヤ顔で連投している人種とは対極だ」と。

言葉にせずとも、大半の人間はそう考えている。

「自分は謙虚で、他人は面の皮が厚い」と。

しかし妄想に傷付くという現象は、自分の過去は自分が一番良く知っている、という傲慢さが引き起こしている。

なぜならば、私達は普段から自分の記憶力は疑わしいと思っている癖に、自分の過去を疑わないからだ。

現実という神話の一、熟知:おまえが最もよく知っているつもりの物にこそ、見落としが潜んでいる。

Familiarity, the first myth of reality: What you know the best, you observe the least.

霧衣の突然変異/Mistform Mutant フレーバーテキストより引用

関連記事など

記憶は後から合成されている。という内容の本。

意外とこのような本はたくさんあって、偽の記憶を本物だと思ってしまう現象は、ありふれているらしい。

内部記事>>>疲れやすい人は、脳に負担のかかることを多くしているのが原因

認知コストについての記事。過去を思い出すのは単純に疲れるし。

内部記事>>>イデアとは?【なろう小説と涼宮ハルヒとプラトンのイデア論は大体同じ】

イデアとは理想の意味、自分の過去を思い出すというのはイデア論に通ずるところがある。

自分が落ち込んだ時や、友人が落ち込んでいる時。

この動画を見せようと思っている。

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