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2015-10-16

北川楓プロフィール

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北川楓(キタガワカエデ)

 

1985年(昭和60年)11月21日生まれ。丑年、蠍座、A型。宮城県に住んでいます。3人兄弟の末っ子。

初めてLv100にしたポケモンはジュゴンです。

 

出生~高校時代

決して教育熱心な家庭ではないのだが、なぜか家に生き物の図鑑や昔話などの本がたくさんあった。それがきっかけか幼少の時からゲームと読書が好きで、2才の時から文字が読めた。これはかなり特別なことらしいが、巨大児として生まれてきたからなのか、それが家族に褒められた記憶は一切ない。

 

幼稚園時代のことはあまり記憶にないが、毎日誰かと殴り合いのケンカをしていたので賢い子ではなかった。唯一ハッキリ覚えていることは、スイカ割りのあとにスイカが配られるとき、一番後ろに並んでいたら僕の分がなかったことだ。今思えばそれは人として大きく成長するチャンスだったが、何も学ばずにその時はひたすら泣いていただけだった。あの時は悲しかった。

 

小学校時代は同級生のT君が異常に賢かったおかげで、快適な学園生活を送っていた。今でも同級生に聞けば誰もが「T君になりたい」と口を揃えて言うほどの天才だ。僕は相変わらず粗暴な性格だったが、ゲーム全般が一番強かったし、国語の裏の漢字テスト以外はいつも100点だった。

それで、よく先生に「将来は将棋指しになったらいい。」と言われていたのだが、僕自身はそこまでの才能はないと思っていたのでプロを目指すことはなかった。自分の過去の過ちの中でも、それは一番大きいものだった。

本読みカードというものが小学生時代にあったのだが、みんながハンコ押すだけだったのに何故か知らないが実際に読んでいた。そのため国語の授業の時の音読は、大抵が僕であり、今でもナレーター並みである自信がある。

 

中学校時代はノートを取らなかったせいか、僕が生意気だったせいかあるいはその両方か、通信簿が成績に比べてやたら低かった記憶がある。ただ英語は本当にできなかった、あれは学校の授業時間だけでは足りないと今でも考えている。

ゲームは東京から転校してきたS君とMTG(マジック:ザ・ギャザリング)をよくプレイしていた、S君もT君同様やたら優秀な人で家もお金持ちだった。僕はよく人に、「全く訛ってないな」って言われることが多いんだけど、S君といつも一緒に遊んでいたのがその理由である。

 

勉強は嫌いではなかったが、幼い時から大学には行かないことになっていたので、高校は受験勉強しなくても入れる共学の簡単な地元の高校に入った。

高校時代の前半は友人達からゲームを借りて色々プレイしていた、中でもカプエス2は本当に面白くって初めて本格的にやり込んだゲームだった。

 

後半はモテたいがためにかなり体を鍛えて、コミュニケーション能力の向上に努めた。人生で一番頑張ったと胸を張って言えるくらい努力に次ぐ努力を重ねた、それまではロクに挨拶もできなかった僕が、今でも気持ち悪いくらい愛想が良いのはこの時した努力によるものだろう。

当時の僕はスクールカーストの頂点で先生含め学校中の人から信頼されていたが、多感な高校生のリーダーというのは大変にストレスが溜まるものであったと記録しておこう。

 

その後~現在

高校時代に頑張りすぎたせいか、その後一年くらい体調が非常に悪かった。僕の家系は体はどこも悪くなく、普通のに比べて非常に丈夫に出来ているのだが、精神的に欠陥があるため、それが強く出てしまっていた時期である。

学生時代にもそういう時期は多少あったが、非常に辛い1年であった。

 

しばらくしたら体調がよくなってきたので、名古屋のほうに働きに出た。名古屋は景気が良いせいか、そのゲームセンターで知り合った地元の人たちは明らかに育ちが良く、年下の人でも僕よりも精神的に落ち着いており、内心とても恥ずかしかったのを覚えている。

働いている時間も長く、見知らぬ土地の慣れない一人暮らしで毎日大変だった。特に朝目が覚めるのが強すぎて、毎日緊張した日々であった。しかし当時の心境を振り返ると、こうやって細々と慎ましく生活して行けるなら、人生も悪くないなといつも考えていたので、たぶん僕の人生で一番幸せな一年だったかもしれない。

 

一年くらい働いた後に、そんなに大きい病気ではなかったのだが、それを理由に帰郷。(精神的なものではない。)

 

病気が完治したあとの数年は、生活費を得る程度の仕事をしていただけでPCで色んなゲームをしていた。

才能があったのか、熱中したゲームはどれも周りの人が引くほど強かった。他の細かいことは一切考えなかったので、精神的に楽な時期であったと記憶している。何故か人にゲームを教える機会が多く、そのせいかネットでも知り合いがどんどん多くなっていった。

 

2011年の地震をきっかけに、何故かゲーマーとして正しい姿になろうとライフハックに敏感になる。文章にすると頭悪すぎて見るに耐えないが、当時は本気でそう思っていたし、また効果はバツグンだった。

今までの読書で得た知識と、ライフハック術によって、世界でもっとも人気のあるオンラインゲーム「League of Legends (LoL)」のRankedGameを一カ月でDiamond3になったくらいだ。(同じDota系のHONをやっていたので当たり前ではあるのだが。)

 

2014年に父親の体調が悪くなったので、仕事を手伝うことにした。毎日フルタイムで働くのは、名古屋の時以来だったのでゲームをする時間はほとんどなくなってしまったが、職場はとても働きやすく、名古屋の時と同じく、時間がなくってもこういう生活は全然悪くないなと考えていた。

 

仕事から帰ってきてゲームをするという幸せな日々を送っていたが、ゲームのプレイヤーというのは私生活に問題を抱えた人が多く、そして自分はその人たちに対して何もしてあげられないと無力感にさいなまれるようになった。そういう感情は、特に相手が女性の時はなおさらだった。

 

僕はその生活が、人として正しい姿なのか、すっかりわからなくなってしまった。

現在はその解決方法を探す助けになると思い、放置していたブログに手を付けている。

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